連ちゃんパパと阿Q正伝
『連ちゃんパパ』は、ありま猛によるパチンコ漫画です。
もともとは1994年から1997年にかけて描かれたものだそうですが、新型コロナ感染拡大にともなう外出自粛の中、ちょうどマンガ図書館Zで全話無料公開されていたことから、急激にネットで口コミが広まり、多くの人が読むことになりました。一見ほのぼのとしたタッチの絵とテンポよく進むストーリーは大変読みやすいのですが、主人公の
日々の生活の大変さによって、一人の人間がどんどん低俗な矮小な人間になっていく様を描く名手といえば、魯迅が挙げられるでしょう。国語の教科書に載ることも多い『故郷』では、少年の頃に一緒に遊んだ友人の閏土と大人になってから再会した主人公は、
『故郷』よりも連ちゃんパパとの類似性を持つ魯迅作品が『阿Q正伝』です。主人公の阿Qは家を持たず日雇いの仕事で暮らす貧しい男ですが、連ちゃんパパの主人公の日之本進との最大の共通点は「歯車が狂い始めるまではそれほど問題のある人間ではなかった」という点です。
連ちゃんパパの日之本進は、物語の最初においては高校の教師であり、妻も子供もいてなにも問題のない暮らしをしていました。妻がパチンコで借金を作った上に他所に男を作って逃げたことをきっかけに、彼の転落が始まります。妻を探すために訪れたパチンコ屋で自らもパチンコ依存症となり、返せない借金を負ったり……底なし沼に嵌るように、抜けられない負のスパイラルへと落ちていきます。
阿Q正伝の阿Qはそれと比べると境遇は悪く、最初から住所不定の日雇い労働者なのですが、周囲の人から『お前は何をさせてもソツが無いね』(井上紅梅訳)などと言われることもあったりして、仕事をさせれば問題なくこなす人物であったのです。それが一度歯車が狂いだすと、坂道を転がるように悪い方へ悪い方へ状況が進んでいきます。
私が阿Q正伝を最初に読んだのはまだ二十代の頃だったと思うのですが、阿Qに微塵も共感できませんでした。喧嘩っ早い阿Qは自分とは対極の人間だとさえ感じました。ところが十数年経ってから読み返してみると、阿Qはまさしく私そのものでした。私は面と向かっての喧嘩こそしませんが、ネット上の匿名掲示板ではしばしば攻撃的なことを言います。特に阿Qの、女性を求める裏返しとしての
私はギャンブルをやりませんので、連ちゃんパパに対してはあまり共感というものは感じなかったのですが、連ちゃんパパを読んだ時に阿Q正伝を思い出しました。そして、自分の心の中に阿Qがいたように、日之本進もいるのかもしれないという恐怖を感じました。そんな気持ちを起こさせる作品を生み出したありま猛氏は、現代の魯迅なのかもしれません。
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